差別を肯定するわけでは決してないけど、差別的な発言というのを避けることは不可能だと思う。あるのは少数か大多数かと差別の度合いだけじゃないかな。
例えば、「息子が運動会のかけっこで一等になりました!」と発言した場合、病気で運動会に参加できない子供の親は憤るかもしれないし、そもそも子供ができずに不妊治療を一生懸命している人にとっては、「子供がいない人のことを考えていない!」と憤るかもしれない。とにかく、全人類に対して優遇や冷遇をしない発言など存在しないに等しい、と私は考えている。
だからといってすべての差別的発言が許されるべきではない。要は程度と範囲が許容されるものであればいい。ただ、その匙加減が難しい。同じ発言でもTPOや切り取られ方によって受け取られかたが大きく変わってしまう。現代社会ではその匙加減のうまさが世渡りのうまさにつながっていると思う。